私って隅っこを歩んでいるの?
こんにちは。オリエンテーリングには長年かかわっているけど、いわゆる「オリエンティア」の定義にあてはまるか否かは怪しい千葉大OLCのOG、ヤマコです。
本名は旧姓の時も結婚してからも山〇 〇子ですし、山が大好きなので、こういうニックネームになりました。(今もフォレストが好き)
夫は大学2年の時にインカレ(日本学生オリエンテーリング選手権大会)の運営に関わる事になり、インカレを安定的に継続する為に、大学生オリエンティアの組織を作ろうと立ち上がり、今の日本学連を作った人です。
私はというと、中学生の頃から環境問題にとても関心があり、将来は公害のない世界を作る事に貢献したいと思っていました。今で言うSDGsですね。
他方で、機械が好きなので、アマチュア無線の免許を13歳(えっ、何年前やねんと自分でも驚く)で取りました。しかし、メカが好きであって無線で未知の人とコミュニケーションを取ることにはあまり関心がなくて、この時に取った免許は塩漬けのままです。
何も迷うことなく理系に進み(星に導かれた?)、工学部にするか薬学部にするか迷い、資格が取れるし環境問題について化学面から学ぶことができる薬学部を選びました。(女子は結婚出産との兼合いで再就職がしやすい資格持ちが良い、との親の意見も加味した結果です。シングルマザーになる可能性もなくはないし納得。)
ド田舎の高校で進路について詳しい先生もおらず、親は浪人なんてとんでもない、との時代でした。本州最南端の生まれで自宅通学できる大学なんて皆無で、首都圏よりも京阪神の方が近いのですが、2歳上の姉が受験して一校しか受からず上京したのと、母方の親戚も東京にいたので、首都圏の薬学部に出願しまくり第一志望の千葉大に受かりました。(関東の国公立で薬学部があるのは東大と千葉大のみなんですよ~、知ってました?)
受験の思い出と言えば、その冬は2回しか雪が積もらなかったのに、共通一次(センター)と2次試験(前期後期がなく1回勝負)の両方にヒットしたことですかね。
もし、姉が京阪神に進学していたなら私は阪大に進学していたでしょう。(地元は予備校はなく塾もほぼなく、南紀の最果ての土地で東大や京大に進もうと言う野心はなかった。)
大学に入ったら学科の女子達は医学部との共同サークルの新歓に群がってましたが、私は色んな団体を見に行って、結局、ちゃんと説明を聞いたのはオリエンテーリング同好会とワンダーフォーゲル部だけ、やっぱり山が好きだったらしい。あと、幼い頃から地図は大好きで、たまに普段に乗らないバスに乗って知ってる所との位置関係を疑問に思ったまま寝ると、夢に出て来るくらいです。
だから、図書館に行かなくてもネットで地図が見られる今の時代は大好き。同世代からは昭和の頃を懐かしむ声を時おり耳にしますが、外遊びよりも絵を描いたり本を読んだりが好きだった私は、今の方がずっと良いです。「女子はかくあるべき」と言う観念は昭和後半になっても強かったので、私には生きづらい時代だった様に思います。
幼い頃に母から、「どうして貴方は道の真ん中を歩かないで隅っこを歩くのか?」と問われて戸惑いました。母は晴れた日は外遊びをする姉が普通で、家に篭って百科事典を隅々まで読んだりする私は変な子と思っていた様です。今ならば(オバチャンを通り越してズケズケ喋れる様になったので)、生まれ付きの性格なんだからしょうがないやろと胸を張って言えるのに、当時は言い返せなかった。
自分はリーダーシップを取れないことは前から知ってましたが、大学では研究者にも向いていないことを思い知らされました。卒業研究の実験でケアレスミスばかりだったんです。論理思考も理系にしては苦手だし。公害のない世界を目指したいのに、政治家には向かず、研究者にもなれないのなら、どう生きれば良いのでしょう。
その頃、父が不治の病と分かったものの地元には職がなく、私は関西の製薬企業に就職しました。あの頃は社畜で、かつ、休日はオリエンに参加と運営だけの日々。その企業が本部を首都圏に移すことになり、女性は転勤なんてあり得ない時代背景だったのに、父が亡くなり母が東京に居るという事情を把握した上司により、東京に転勤。
おっと長くなったので、この辺でまとめますが、今、振り返ると私は有難いことに自分自身の趣味嗜好に沿った人生を歩んできたと思います。母からは隅っこと言われたのが私のメインのルートだったんだと思います。
オリエンティアのつもりだけど運営ばかりの人生
この文章はオリエンテーリング Advent Calendar 2022の3日目の記事として書かれたものです。

初めまして
山川 順子と申します。千葉大学197X年入学です。大学入学と同時にオリエンテーリングを始めました。山リハリレーや山川ドリームでいつも受付やってる60歳過ぎのオバチャン(そろそろ婆さんか?)です。CC7や全日本ミドルロングでも受付や地図販売やってること多いです。
自己紹介
結婚前は山○と言う姓で、山が大好きな子なんで大学2年の時から「やまこ」と呼ばれております。一時「順子さん」と呼ばれることが増えたのですが、同世代オリエンティアの2世がオリエンティアとして活躍しだすと共に「やまこ」呼びしてくれる方が増えたので喜んでいます。若い方から「やまこさん」と呼ばれると嬉しいのでよろしくお願いします。やまこの「やま」は山川の山ではなく「山○」の山とマウンテンの山です。
心は”オリエンティア”だけどスタッフばかり
さて、タイトルの件ですが、最近はオリエンテーリングのレースにエントリーすることはなく、夫が経営しているヤマカワオーエンタープライズが絡むイベントの運営ばかりする日々です。たまには参加者の立場でイベントに行きたいよー。
ナビゲーションは下手でも森を直進するのは楽しい
参加したいとは言っても足が速い訳でもナビゲーションが上手い訳でもなく、オリエンテーリング歴は四十数年にも上るのに、全日本ロングには3回しか出走したことがないし、子どもたちが手を離れたので少しずつレースに復帰始めたら、50歳代半ばあたりから記憶力が格段に落ちて、次のポスト番が覚えられなくて、ルートのメモリーもあまりできないのでレッグ間に地図を見る回数が格段に増えたし、トレーニングしていないから急でなくても登りが遅い。しかし、幼児の頃から低山ハイキングは大好きで森の中を走るのは好き、直進は下手だけど道でないところを進むのは今でも滅茶苦茶楽しいです。
夫は重病、なのに働き、そして車を壊す
オリエンテーリングが縁となり結婚したパートナーのヤマカワが、腎臓が動いていないと言う重大な病気もちで週に3回病院に行って4-5時間も人工透析をしなければ生きていけない身体なのに無鉄砲な奴で、数年前には北関東から関西に弾丸出張を繰り返して心臓を傷め不整脈もちとなりました。更に、コロナ禍初期には高速走行中に咳の発作で車をガードレールにこすって事故まがいのことを起こし、遠方への自家用車での一人での出張は危険極まりありません。ということで新幹線&レンタカー利用の弾丸出張以外は同行して半分以上運転しています。また週末には必ず夫の単身赴任先に行く生活となりました。※夫が乗りつぶした車は36年間で11台も。
千葉の薬剤師、なのに栃木県にほぼいる
と言っても、私は千葉県在住で医療関係の会社で薬剤師として働いており、夫は単身赴任で栃木県の「ヤマカワハウス」に住んでいます。今春までは週末のみハウスに行ってました。が、4月の中旬の日曜日の夜に夫が不整脈の発作(心房細動?or心房粗動?)を起こして夜間当番医に私が搬送しました。それ以来は夫の独居は心配なので、私が千葉で働く日を週1-2日に減らし基本ヤマカワハウスで寝起きする生活を送るようになってます。
夫婦があまりにもべったりと一緒にいるとストレスが…
夫は結婚してからしばらくは家にいたのに、本格的に事業に取り掛かってからは長期出張ばかりで、2人きりで一緒にいたのは新婚の時の数か月のみ(数回の出産の時も大体いない)だったのに、出張に同行することが多くなったこともあり、最近は一緒にいすぎてストレスが溜まることもあったり。3食料理を作って洗濯/掃除等の家事もしてYMOEの事務作業もハウスの整備もできるスーパーウーマンじゃないんで、家事は滅茶苦茶さぼっててハウスに来られる方々に申し訳ない。(整理整頓は壊滅的に苦手)
夫はこの夏に表面化した右親指の化膿性感染症が治らない
夫はこの5-6月に睡眠を削って働いたことで抵抗力が落ちていたのに更に猛暑の中でも出張を繰り返したら、右手親指第一関節に激痛、化膿性感染症が判明しました。8月に切開手術をして抗生剤を内服して療養中なのですが、なかなか良くならず今も痛みや腫れと戦う日々です。近日中に再切開が必要と医師から告げられています。しょっちゅう痛がるので一緒にいてもストレスフル。(痛いとうなるんなら早めにロキソニンのめや、と思う醒めた妻。)
テレインが近くにあるけど
そんなこんなで、テレインの多い矢板/塩谷と日光の中間あたりに長く居る割には、オリエンテーリングやってません。TwitterやFacebookで地図やルートを見ては羨ましく思ってますが、病人を放置して遠征は無理だしなあ。近くのテレインの地図を持って走りに行けば良いのかな? 室内でネットサーフィンしたり機械いじりしたり好きなことは他にも一杯ある(いわゆるオタク)ために、走りに行ってないのがいけないんだろうな。
胃にポリープが
11月中旬に受けた健診で私の胃にポリープがあることが判明しました。ストレスフルなのは健康に悪いので、もうちょっと違った生活をしてみます!地図を持って走ろう。
人生って何があるかわからない
暖かい南紀で生まれ育って千葉県に住んでたハズなのに、寒い北関東の一戸建てで暮し、車の運転が苦手なのに60過ぎてから長距離運転をするハメになるとは。人生って何が起こるかわからないです。やりたいことはできる時にやりましょう。
医療を享受するための健診と医療保険
医学の進歩は誠にありがたい。誰しも病気になる可能性がありコロッと死にたくても上手くは行かない(大体は病気の痛みに苦しみながら弱っていく)ので、定期的に健診を受けて、運動は適度にし、過労に気を付けて、それなりの病院のあるところに住み、医療保険には加入しておきましょう。日本では医療費は健康保険でほぼ賄えても、病気になったら働けなくなり、収入が途絶える可能性があります。その時のために生命保険でなく医療保険に加入しておきましょう。病気が辛いのにお金が無いと泣きっ面に蜂になってしまいます。
同世代の渡辺徹と榊原郁恵にならないために
渡辺徹さんは糖尿病から腎不全となって人工透析を受け、心筋梗塞となって手術を受けて病気と闘いながら生きていたそうですが、夫は糖尿病ではないものの、腎炎を放置して腎不全となって人工透析を受け、心臓にも不調をきたしています。そして右手拇指の化膿性関節炎です。感染が全身に拡がり敗血症にならないように、これからも私は薬を飲めと言い、食事を整えます。
最後に
オリエンテーリングの話をするつもりが健康の話になってしまいましたが、大切なので自分のこととして考えてね。
<2023年2月16日追記>
胃カメラ検査を受けたら胃のポリープは良性で放置しても支障がないとのこと。時々、痛いんだけどなー。